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ひとりじゃない PAGE3

last update Dernière mise à jour: 2025-07-07 10:55:48

「……なんか、わたしの望んでない方向に展開していってる気がする」

「麻衣はそれが不本意なわけ? でも、アンタが安全でいられる方がいいじゃん」

「まあ……、そうなんだけど。じゃあわたし、先に部署に戻るよ。給湯室でお弁当箱洗っておきたいし。佳菜ちゃんはゆっくり食べてて。あと、入江くんが戻ってきたら、わたしは先に仕事に戻ったって言っておいてね」

 わたしは先にお弁当を食べ終えていたので、まだ食事中の佳菜ちゃんにそう言って席を立った。

「オッケー。っていうかアイツ、戻ってくるのかねえ。ラーメン伸びるっつうの」

 佳菜ちゃんは入江くんが座っていた向かいの席に目をやって頬杖をつく。そこにはまだ食べかけのラーメンのどんぶりが置かれたままだった。

   * * * *

「――ただいま戻りました」

 秘書室のオフィスに戻って、給湯室で洗ってきたお弁当箱を保冷バッグごとロッカーにしまう。室長はまだお昼休憩から戻ってきておらず、オフィスには小川先輩だけがいた。

「ああ、お帰り、矢神さん。――そうだ。二時ごろに、社長にお客様がお見えになるの。よかったらその方の応対、やってみる?」

「えっ、わたしが? いいんですか?」

「うん。もちろん、あなたひとりに丸投げするわけじゃなくて、私もちゃんとフォローするから。そろそろ本格的に秘書の実務を覚えてもらってもいいかな……と思ってね。室長にも話しておくから」

 まだ入社して一ヶ月も経っていないけれど、いつまでも座学で基本的なデスクワークばかりしていられない。秘書の仕事のメインはやっぱり、来客へのおもてなしだと思う。

「はい、やってみたいです! ご指導よろしくお願いします!」

「分かった。じゃあ、まずはお茶菓子を買いに行こうか。この近くだと、東京駅のエキナカかな」

「ですね。どんな飲み物をお出しするかによっても、買うものは違ってくると思うんですけど」

「お出しするのは日本茶でいいかな、と思ってるんだけど、お客様はどうも和菓子が苦手みたいで……。どうしようか?」

「それじゃ、抹茶系のスイーツはどうですか? 洋菓子でも日本茶に合いそうですし」

「ああ、それいいかも! 矢神さん、ナイス!」

 小川先輩が、わたしの思いつきを褒めて下さった。というわけで、わたしは先輩と二人で秘書としての初ミッションに臨むこととなった。一人だと不安だっただろうけれど、頼もしい先輩
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     ――その日、終業時間を迎えたけれど、いつも入江くんから来るはずの「帰り、送ってくよ」のメッセージが来ない。「――矢神さん、今日からしばらく僕がクルマで朝と帰りに君の送迎をすることになったから」 そんなわたしは桐島主任から唐突にそう言われ、「えっ?」と戸惑った。「あの……、そのお話ならお断りしたはずですけど。それにわたし、いつも入江くんにマンション前まで送ってもらっているので――」「その入江くんから頼まれたんだよ。今日の昼休みにね」「それって……」「うん」 主任はお昼休みの出来事――わたしと佳菜ちゃんが見ていた後のことを、わたしに話して下さった。 ――入江くんに呼び止められた絢乃会長と主任は、あの後彼と一緒に会長室へ行かれたらしい。入江くんはそこで改めて、桐島主任に頭を下げてわたしのボディーガードを頼み込んだそうだ。『本当はオレがアイツのことを守ってやりたいんですけど、いざっていう時に家が離れてるんで、すっ飛んでってやるわけにいかなくて。それにオレ、ラグビーはやってましたけど、格闘技をやってたわけじゃないし。桐島さんならアイツと家も近いし、キックボクシングやってるんすよね? だったら安心かな、って』 会長からも頼まれて――というか、もう半分は命令されたも同然だろう――、主任は引き受けて下さることにしたらしい。「……というわけなんだ」「主任は……それでよかったんですか?」「うん、会長命令でもあるしね。昨日も言ったけど、大切な部下を守ることも上司の務めだし。それに、入江くんがいちばんもどかしいと思うから。そんな彼の頼みなら断れない」「……そう、ですよね」 わたしにも入江くんの気持ちはすごく分かるし、そう思っていてくれるのが嬉しい。そして多分、主任は義理堅い人なのかな、とも思う、それともただのお人好(よ)しなだけなのかな?「そういうことでしたら、わたしからもよろしくお願いします」「分かった。じゃあ、あまり遅くならないうちに行こう。クルマは地下駐車場に停めてあるから」「はい。わたしも駐車場まで一緒に行きます」 わたしと主任はそれぞれ手早く帰る支度を済ませ、室長や小川先輩に「お疲れさまでした。お先に失礼します」と挨拶をして、二人一緒に地下駐車場までエレベーターで降りていく。 室長も先輩も不思議に思わなかったのは、この経緯をお二人ともご

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